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2005年09月29日

センス・オブ・ワンダーを探して

4105197029センス・オブ・ワンダー
Rachel L. Carson 上遠 恵子
新潮社 1996-07

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「the sense of wonder」とは、神秘さや不思議さに目をみはる感性のことと説明されます。SFというジャンルにおいてはその中核をなす概念であり、レイチェル・カーソンはその著書『センス・オブ・ワンダー』で自然に触れてそうした感性を育むことの大切さを述べたことから、環境問題との関連で語られることもあります。

人工的な現代の生活は、便利で快適ではありますが、人間が本来持っている感性を鈍らせてしまいます。たまには心に驚きをあたえて、世界を新たに発見してみようというのが、センス・オブ・ワンダーを探す旅です。

このブログでは、そんなセンス・オブ・ワンダーを刺激するような話題を取りあげていきたい。

リンクはフリーです。

*2004年10月21日から2005年8月17日までのエントリーは、旧ブログ「パーム遍路」のもの。

投稿者 オッズ : 22:00 | コメント (2) | トラックバック | 雑談

ざるどす選手権とは

B0009J8CFM未来惑星ザルドス
ジョン・ブアマン
20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント 2005-06-24

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”ざるどす”って何? という人のために。昔、「未来惑星ザルドス」というSF映画があったのです。見どころは、ショーン・コネリーが半裸で大暴れ、言ってる意味はよくわからんがとにかくすごい自信だという形而上学的な内容、そしてザルドスという名の空飛ぶ神像。

ザルドスというのは巨大な首だけの像なんですが、これが空に浮かんでいるシーンは異様なインパクトがあります。小難しい哲学的なストーリーは忘れても、このザルドスだけは忘れることができません。映画では、ザルドスが人々から神として畏れられている様が描かれていますが、巨大な顔がぷかぷか空に浮かんでいるのを見たらそりゃびびりますよ。

「未来惑星ザルドス」を体験して以来、空を飛ぶ巨大な顔を見かけたら、”ざるどす”と呼ぶことにしました。ざるどす選手権は、そんな世界中の空飛ぶ巨大な顔たちによって競われる選手権です。四年に一度、選手権大会が開催されます。

競技の内容は、「ざるどす、ざるどす」と言い続けながら相手を追いかけるとされていますが、詳細は不明です。来年、日本の山城国で選手権大会が開催されるそうです。この謎の多い大会の詳細が分かり次第、このサイトで順次お伝えする予定です。

投稿者 オッズ : 21:45 | コメント (0) | トラックバック | movie

2005年09月25日

粗製濫造

「パーム遍路」から数えて、ブログ開始からもうすぐ一年になるなあ。毎日更新はもう目指してないけど、一年365エントリーはひとつの目標にしてるので、どうでもいい話題でもがんがん取り上げるぞ。質より量だ。

投稿者 オッズ : 12:49 | コメント (0) | トラックバック | 雑談

まつりの後で

4776202476モリゾーとキッコロ
高橋 良輔
アスコム 2005-06

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人々の賑わいと喧噪の中で、彼は必死に笑顔を振りまいていた。今は自分の仕事に集中しろ、そう自分に言い聞かせ、子どもたちへとびっきりの思い出をプレゼントしようと懸命に働いていた。かわいい子どももいれば、底意地の悪いガキもいた。でも今となっては、そんなうっとおしいガキでさえいとおしくてしょうがなかった。ここに来てよかった、その感情がこころを満たすのを感じる。

だが、幸せな気分にかすかな陰がさし込む。昨日のボスの言葉がよみがえる。

「森蔵君。長い間、ご苦労だった」
「いやあ、こちらこそお世話になりましたでなも」
「退職金の振り込みは手配済みだ。ゆっくり、休むといい。では、失礼するよ」
「あ、あの~」
「どうしたんだ」
「先日お頼みした再就職の話なんじゃが」
「あ~、あれねえ」
「ど、どんなもんじゃろ」
「う~ん。森蔵君。今年でいくつになる?」
「むむう、いくつかのう。たしか……カンブリア紀……」
「覚えとらんのか。とにかく君はもう年だからね、森に帰ったほうがいい」
「そういうわけにもいかんのじゃ。森のやつら、わしらを『人間に味方した裏切り者』言うて、海下の森に入れようとせんのじゃ」
「……」
「孫の吉古六の将来もあるで。わしも稼がんとあかん。国民年金も払っとらんで、年金もらわれへん」
「そうはいっても、君の年ではちょっとな。企業も採らんよ。昔の仲間になんとかしてもらいなさい」
「なんでじゃ、他のスタッフは引く手あまたと聞いたぞ。元気な名古屋やろ。なんとかしてくれ」
「あ~、これから人と会わんといかん。悪いが、これで失礼」
「薄情者がぁ。こりゃ、待たんかい」

森蔵のそんな気持ちも知らず、吉古六は無邪気に駆け回っている。そのすがたを見て、ため息をつく森蔵。会場を流れる蛍の光。祭りは終わろうとしていた。

「ねえ、どうしたの?」
心配そうに顔をのぞきこむ吉古六。
「ああ」
「ぼぉとしちゃって」
リニモの車内で、いつもうつろな瞳が、ますますうつろになっている森蔵。仕事は終わった。でも、これからどうすれば……。
終点到着を知らせるアナウンス。森蔵は吉古六に手をひかれるように、フォームに降りた。
「森蔵さんですね」
灰色のスーツを着た、痩せた中年男が目の前に立っていた。身構える森蔵と吉古六。男は手慣れた手つきで、名刺を差し出した。
「あなたの力が必要なんです」

「我々は砂漠に緑を植えるプロジェクトを進めています。森蔵さんには、是非そのお手伝いをお願いしたい」
男に車で案内されて、たどりついたのはどこかのビルの24階にあるオフィスフロア。奥から現れたのは、黒いTシャツを着た太った若い男。案内してきた男は彼の部下らしかった。その太めの男は森蔵に仕事の話を始めた。

「い、今なんて言わしゃった」
「勤務地の話です」
「サマワって言わんかったかいの」
「言いました」
「サマワって、あのサマワかいの」
「そうです。自衛隊の給水活動もある程度、めどがつきました。だが、このまま駐留を続けるだけでは、地元住民との関係悪化を招きかねない。そこで、目に見える新たな復興活動が必要になりました。この砂漠に緑をプロジェクトはその中核をなすものです」
「……」
「サマワの治安はいまだ不安定で、危険な任務であることは認めます。ですが、彼の地に森が生まれれば、人のこころに希望が生まれ、やがては平和につながることを確信しています。だが、それには森の精であるあなたの力が是非とも必要なんです」

森蔵のこころは激しく揺れていた。俺は人間と深く関わりすぎたのかもしれない、そんな後悔にも似た思いが疼いていた。

次回、「湾岸航路」につづく。 (うそ)

*これはフィクションです。

投稿者 オッズ : 00:50 | コメント (0) | トラックバック | 困惑物語

2005年09月24日

SweetBox最新情報

今週のSweetBoxニュース!

ハードウェア障害により、8月18日からブログの更新・閲覧ができなくなっていたホスティング型ブログサービスのSweetBoxが、9月21日現在の状況を発表した。

9/21追記 現在も復旧作業を行っておりますが新しいハードウェアが必要なパフォーマンスが出ないため再度ハードウェアの調達、ネットワークの移管作業を行っております。9月中には復旧が完了するよう作業しておりますので、皆様にはご迷惑をおかけしておりますが、ご理解とご協力をお願い致します。

もう少し、もう少しなんだな。

「パーム遍路」は「PALMLINKでいこう!!」でもANNEX扱いになっちゃいました。そりゃ、一ヶ月以上もNotFoundなら投げ出したと思われますわ。

それにしても、自分のサイトがNotFoundになってるのを眺めるのはかなり寂しいや。

投稿者 オッズ : 22:59 | コメント (0) | トラックバック | internet

ソニーのたうちまわる

Amazonのおすすめ商品のページを見て思うこと。

「俺のこと、わかったような気になるなよ」

ソニーが苦しんでますねえ。先頃発表された中期経営計画はブーイングの嵐だし、iPod nanoとウォークマンAを比べたら、そりゃiPod nanoを選びますよ。デザインや機能、価格を考えたら。

ソニー製品を選ぶのは、ブラウン管テレビやラジオを買うときかな。そういったレガシーなAV製品では、まだまだソニーというブランドに安心を感じるからね。でも、先端の製品では、ソニーを避けると思う。価格に見合うだけの質があるかという点に、疑問符が付くので。

CLIE生産中止で、ソニーからすぅっとこころが離れたのは事実。それでも、今ソニーの製品で多少なりとも面白いと思っているのは、ロケーションフリーテレビとPSP。前者は、それがもたらす新しいテレビ体験に興味を感じる。ただ、コンテンツとして見た場合、今のテレビにそれほどの魅力を感じないというのもあって、たぶん買わない。後者は、事実上のCLIE後継としての期待。だけど、ゲーム機は別にいらないんだよなあ。GPS機能を備えたら、買ってもいい。

あらためて今のソニー製品ラインナップを眺めると、いまいち感でいっぱい。新しさを感じないというか。CLIEはなんだかんだ言って、製品発表のときにわくわく感があったんだけど。まあ、そういうわくわくが広がりをみせなかった故の生産中止ともいえる。

あえて乱暴なこと書くけど、携帯音楽プレイヤーはアップルに、液晶テレビはシャープにもうまかせちゃっていいんじゃないの。

投稿者 オッズ : 21:45 | コメント (0) | トラックバック | column

2005年09月23日

来年のプロ野球は面白くなる

巨人は原、ヤクルトは古田でほぼ決まりみたいですね。わー、なんだか強くなりそうでいややー。監督だけでどうにかなるというものではないけど、才ある監督に率いられたチームは確実に力をつけていくからなあ。

広島の後任監督もどんなのやろ。かなり思い切った人事をするみたいだし。来年のプロ野球は競争激化で面白くなりそうな予感。で、面白くなるのはいいのだが、その中をドラゴンズが勝ち抜いていくのは今年以上に大変そう。

来年は、牛島横浜というのも優勝候補に入ってくると思う。やっぱ、優勝はチャンスがある時につかんでおかんと。ドラゴンズの優勝をあきらめちゃおらんが、セ・リーグの連覇は難しいという事実をひしひしと感じる昨今。返す返すも交流戦が……。

投稿者 オッズ : 12:39 | コメント (0) | トラックバック | sport

blog-tunes

右下にblog-tunesというブログパーツを付けてみました。ジャケット画像上のONボタンをクリックすると、音楽が流れます。曲といってもそんなに長くなくて、サビのループだけどね。いかがでしょう。気まぐれなので飽きたら外すかもしれませんが、面白いブログパーツだなと思いましてね。前にサイト訪れたときは、会員登録を一時停止していてできなくて、久しぶりにいったら今度は登録できたので、タグを貼ってみた。選んだ曲がこのサイトにマッチしているかどうかは知らん。

最初、これ勘違いしてて、記事の内容に合わせて自動的に曲が選ばれるのかと思ってました。orzな内容だったら暗い曲とか、楽しい話だったらノリノリの曲とか。文章を解析して、キーワードから曲が選ばれるものだと。Google Adsenseみたいに。まだ、さすがにそこまでの技術は難しいか。

実際のblog-tunesは、自分が曲を選んで、タグを貼り付けるというもの。選べるのは、インディーズなアーティストの様々なジャンルの曲から。Bonchicastでとりあげられていた、名古屋のストロベリーマシンなんかもある。

インディーズの曲を選ぶのって、審美眼が試されるというか、センスが問われる感じがする。メジャーアーティストはその名前の力でいい曲の気がする部分もどこかにあって、まったく白紙の状態で曲だけ聴いて選んでいるのとはちがうやん。わりと純粋に音楽と向き合えるのかが、インディーズアーティストを応援する楽しみかなあ。ブレイクしたら、「見てみい、成功したに。わいの眼は確かやろ」っていう気分にもなれるし、知っている人が活躍するのはそれだけでうれしい。

投稿者 オッズ : 11:59 | コメント (0) | トラックバック | music

2005年09月21日

志の高い人

これまで、リベラルさに期待して民主党を支持してきたのだが、小泉首相とほとんど同じ考え方をする前原党首では、保守政党がもうひとつ増えただけではないか。なんてこったい。

これぞまさに憲法改正の好機到来とほくそ笑んでいる人もいるんだろうな。

憲法を変えて、結果として日本が良くなるか悪くなるかはわからないので、憲法改正ではなく憲法改定と言うべきだ。憲法改定についての僕の考えは、憲法を永遠に変えてはいけないとは思わないが、今は改定のタイミングではないと思う。

しかし、護憲派は旗色が悪い。空前の保守右傾ブームだ。護憲派はマイノリティになりつつある。どうすれば支持を増やしていけるだろう。

スターが欲しいな。たとえば、土井香苗さんなんかはどうだろう。美人だし、頭いいし、志高いし。多くの人を惹きつけられるんじゃないかな。

ところで、土井さん、僕と年が同じぐらいなんだよな。人間としてのレベルの差を感じる……。少しでも近づけるよう、著作の『ようこそ"と言える日本へ" 弁護士として外国人とともに歩む』でも読みますか。

投稿者 オッズ : 22:04 | コメント (0) | トラックバック | column

死の文化

「私たちは、何かの思いや要求を成し遂げるために自分の命を賭けるなどといった馬鹿げた“死の文化”を放棄すべきなんです。まったくハンガー・ストライキだなんて時代に逆行しているとしか思えない。そんなことをするのは世界中でアラブ人かアイルランド人くらいなもんだよ」

ジム・シェリダン監督の言葉。『ホテル・ルワンダ』のロビーから。

今の日本は”死の文化”に毒されてはいないか。

投稿者 オッズ : 21:30 | コメント (0) | トラックバック | 雑談

Operaが無料化

無料版のOperaにつけられていた広告バナーが、今回のバージョンアップからは取り払われることになったそうです。なんでも、Googleの検索による広告収入が見込めるなどの理由で今回の決定になったのだとか。まずは、めでたい。これで人に勧めやすくなりました。僕は金払ってたんだけどねー!

いいと思うんですよ、Opera。表示が速いし、使いやすい。マウスジェスチャーも便利。試しに、一度は使ってもらいたいですね。

不満な点は、Opera非対応のソフトウェアが使えないこと。「紙」とか。

Operaはモバイルブラウザのシェアを狙っているようなので、NetFrontとの勝負になりますな。

Opera.com

投稿者 オッズ : 20:35 | コメント (0) | トラックバック | internet

2005年09月16日

技術の発達と能力の衰退

■携帯音楽プレーヤー、騒音性難聴の原因に (WIRED NEWS)

研究者たちは、普及が進む携帯音楽プレーヤーや携帯電話など、直接耳に付けて使用する機器が、若年層の難聴の原因になっていることを懸念している。

技術の発達で、携帯音楽プレイヤーは随分と高音質で使いやすいものになりました。しかし、音はどんどん良くなっているけど、肝心の音を受けとる感覚器はどんどん悪くなっているという記事。

僕も時々、キーンという音が聞こえる。たぶん、アラレちゃんが通り過ぎたのだろう。

メインケ助教授は、昨年12月に発表されたボストン小児病院の研究者による研究が目安になると語る。この研究では、音楽プレーヤーの最大音量の60%で毎日1時間、ヘッドホンを使って聴いている程度なら比較的安全だとしている。

 他の方法で聴覚を維持するよう勧める専門家もいる――たとえば、大きな音の出るスピーカーには近づかない、職場や家庭、レクリエーションで騒音の出る機械類を使う時は耳栓を使う、などだ。

 しかし、デポール大学のデイさんは――メイヨー・クリニックのドリスコール博士や他の医師が提案するように――耳栓を持ち歩こうと考えたことは一度もない、と話す。

 「それなら、コンサート会場の入り口で耳栓を配ってはどうだろう? 使う人が増えるのではないか? そういう人もいると思う」とドリスコール博士。

ヘッドフォンやイヤフォンの音量の上げすぎに注意ってことですね。しかし、ロック・コンサートに耳栓を使うのは、全然ロックじゃないな~。

ところで、最近は映像もどんどん高画質になってますね。でも、視覚情報を受け取る、肝心の眼の能力は落ちてきてるんじゃないのかな。パソコンが日常的に使われるようになってからは、特に。

投稿者 オッズ : 22:01 | コメント (0) | トラックバック | news

2005年09月15日

悪夢

41504000831984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)
ジョージ・オーウェル
早川書房 1972-02

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もしかすると、僕たちは今、新しいディストピアが誕生する瞬間に立ち会っているのかもしれない。

ディストピアな世界に生きる人々の顔は、必ずしも暗くない。不思議な明るさが街を支配している。疑いさえもたなければ、今よりも楽に生きられよう。

でも、人々はかすかな心のしこりも感じている。喪失感だろうか。だが、何を失ったのかわからない。

そんな未来に思いをはせて、今はひとまず、共謀罪を見守ろう。

投稿者 オッズ : 19:22 | コメント (0) | トラックバック | column

2005年09月14日

フィーリング原理主義の台頭

「有権者は白紙委任したわけではない」という言葉には何の意味もないな~。現実に国民の声を政治に届ける機会は選挙以外ないわけだから、間違いなく白紙委任しちゃったんだよねえ。

マスコミの論調にどうして苛立つのか考えてみると、言葉から危機感というものが感じられないからなんだな。世間とマスコミの論調に乖離があることは明らかで、世間はマスコミよりはるか先に進んだ場所にいる。その場所をよしとする人、その場所はよくないという人と見方は分かれるけれど、それぞれの意識の鋭さに、マスコミは追いつけていない。

経済格差の二極化が、人々の考え方にも二極化を生みだしている。それは意識が高いとか低いとか、そんな単純な話ではない。一見、意識が低そうであっても、感覚的に世の中をよく見ている人がいる。あえて代表的な人物を挙げれば、我が国の首相ということになろうか。彼とよく似た、道理より自分の感覚を信じる人たち、今回の選挙で主役だったのはそういう人たちだった。そうしたフィーリング主義は、今やより激しさをまして、より原理的になりつつある。

フィーリングだけで物事を進めるのは危ないからやめてくれ~という悲鳴。何言ってやがる、不透明で閉塞した時代はフィーリングで突破していく力強さが必要なんだよという歓声。

お楽しみはこれからだ。

投稿者 オッズ : 19:04 | コメント (0) | トラックバック | column

2005年09月13日

わかりやすいということ

わかりやすい小泉首相が勝った。今回の選挙を一言でまとめると、そうなる。逆に言えば、わかりにくい民主党が負けたということである。

今日、わかりやすいことは、何にもまして良いこととされる。時間が勝負を分ける現代である。まどろっしいことはやめてくれ。要するに何が言いたいんだ。一言で言ってくれ。そういう時代に、小泉首相はよくマッチしている。

だが、同時に現代ほど様々な分野において、複雑化している時代もない。とりわけ、政治的な問題はグローバル化などの要因によって、ますます複雑になっている。だから、政治という複雑な性質をかかえるジャンルについて、単純化して一言で語ろうとする試みには、実はかなり無理がある。あえてそれを行おうとすれば、抜け落ちていく部分が必然的に生じる。

わかりにくかった政治を、小泉首相はわかりやすく、身近にしてくれた。そう評価する人もいる。たしかに、今までの自民党政治は密室で首相後継が決まるような、不透明さはなくなったようにみえる。だが、政治家が本当のことを語ってくれるようになったかというと、そんなことはない。今の日本にとって、本当に重要なことは巧妙に隠されている。

僕は国民を騙している政治家を非難するが、同時に政治家はそういうものだとも思っている。むしろ、騙される国民の方に責任がある。昔のように、情報を囲い込めた時代とはちがうのだ。今は、情報そのものは国民の前に示されている。もちろん、都合の悪い情報は見えにくい場所におかれているが、その気になれば、手に入れることもできるし、限られた情報から真実に近づくこともできる。情報不足による判断の誤りは、国民の言い訳にならない。

どんな分野でもそうだが、初心者から中級者になるには、いくらかの努力と時間を必要とする。政治や選挙だって同じだ。僕も投票権を得た直後の投票は、感覚で決めていた。また、これまでの投票を振り返ってみて、投票した人が実はくだらない人物だとわかったときや、投票した党が消滅してしまったりて、いまだに悔いの残る投票もある。こうした苦い思いを何度も味わって、自分の判断に多少の自信をもって投票できるようになったのはつい最近のことだ。

くり返すが、政治家はまず真実は語ってくれないものだ。だから、わかりやすく語ってくれるのを待つよりも、自ら知りたいと思う情報に近づいていく方がいい。時間と手間はかかる。だがそうすれば、隠されているものが見えてくる。

投稿者 オッズ : 18:48 | コメント (0) | トラックバック | column

2005年09月12日

ファシズムさん、こんにちは

最近、大手の新聞が物足りなく感じて、日刊ゲンダイを買って読むことが多い。最近などは反小泉キャンペーンのような記事ばかりで、偏向報道に徹する姿勢がすがすがしい。だがその努力もむなしく、昨日の選挙結果はご存じの通り。ついにキレたのか、今日の見出しは、「この国の民主主義は死んだ」「もはや何も言うことなし」「この選挙結果は狂気の果てだ」「全く情けなかった民主党、これからこの国の暗黒の10年が必ず始まる」。

タブロイド新聞にありがちの、誇大妄想的な見出しだと思いますか。僕はそうは思いません。大筋のところでは、その通りだと思います。

どんな結果が出ようと、それが国民の意思である以上、尊重する。というのが、民主主義国家に生きる者としての正しい態度でしょう(というより、尊重するも何も、増税だろうが、憲法改定だろうが従うしかないんですが)。でも今回の選挙結果によって、民主主義の理念や英知などは吹っ飛んでしまった。これから、日本の民主主義は急速に形骸化していくと思います。そんな民主主義が形骸化していく時代に、ありもしない民主主義をあるように演じるのが、今後の僕たちに与えられる役回りかもしれません。少なくとも、メディアはうまく演じていくでしょう。

こんな気持ちになるのは「今度の選挙は小選挙区制だったからこのような自民党の地滑り的な大勝になった。だが、小選挙区制は実際の投票数の差以上の議席差が生じる。風向きによっては、今後、地滑り的な政権交代もありうる」という言い方に疑いを感じるからです。この国でいかに政権交代が難しいかが明らかになったのが、今回の選挙です。にもかかわらず、そのような政権交代に希望をもたせるような言い方には欺瞞を感じます。二大政党制というのも幻想だったのかもしれません。

投稿者 オッズ : 22:19 | コメント (0) | トラックバック | column

衝撃の衆院選

恐ろしい結果だと思いました。本当に恐ろしい。あまりに急速な右旋回に、振り落とされそうな気分です。

自民党の大勝はある程度、覚悟していました。経済も回復基調の中での選挙だし。でも、世間は自分が思っている以上に尖鋭化していることを思い知らされた。

公務員への反発や嫉妬が巧みに利用されたのか。公務員を削れ、という声は強いが、公務員の削減は、行政サービスの低下につながる。それもOKなのだろうか。要らない部分だけを削ることができればいいのだが、現実はそう簡単に、要る要らないと分けられるものじゃないからねえ。

また、珍しく選挙に足を運んだ若年無党派層の多くが、自民党に投票したらしい。若い人に期待するというようなことを言う人がいるが、彼らは最もイメージ戦略にのせられやすい人たちでもある。そういう人たちはある意味、とても危険な存在になりうる。

ドラゴンズの優勝はあきらめない。だが、日本は……しばらくの間、あきらめますか。

投稿者 オッズ : 01:10 | コメント (0) | トラックバック | 雑談

2005年09月10日

最強のモバイルOS

ここはPalmのサイトなんだから、そりゃあそれ関連の話題をどんどん扱っていきたいですよ。でもですね、CLIE生産中止以降、扱う話題もなく困っとるわけですわ。新しいモバイル機器も買わず、手元のCLIEを細々と使っているだけなので、提供できるような情報もないし。他のパームサイトの人たちはどうなんでしょうか。

そんな地味なPalmの日々に、突如、特需が!

■ACCESS、米PalmSourceを買収 (ケータイ Watch)

おおお、PalmOS搭載携帯の登場に光が? だけど、正直いろいろよくわかんないので、他のサイトのコメントを見て、考えたりする。

興味深い動きだとは思う。それは間違いない。だけどユーザーにとっては、最終的に出荷される製品の出来がすべてなんでね。

僕が体験したPalmOSは4と5ですが、とても使いやすいOSだと感じる。ただ、デジタルものの常として、バージョンが上がれば上がるほど使いやすくなっていくとは限らない。バージョンが上がったために、重厚長大化してシンプルなよさが損なわれてしまったり、機能がうまくまとめられていないOSになってしまう可能性もある。必ず順調な成長が約束されるわけではなく、下手をすると成長著しい他のOSに追い抜かれて、その後塵を拝することになるかもしれない。そうなると、あの頃のPalmOSは良かったんだけどね~というふうに語られることでしょう。

PalmOSが、次の時代も最強のモバイルOSであり続けるかどうか。ACCESSがその鍵を握る存在になったわけですね。

投稿者 オッズ : 23:53 | コメント (0) | トラックバック | CLIE

2005年09月08日

つまんない人たちによる文化行政

■なみおか映画祭:今年限り ポルノ上映で補助金打ち切り (MSN-Mainichi INTERACTIVE)

全国の映画ファンに親しまれている青森市の「中世の里なみおか映画祭」の実行委員会は8日、映画祭を大幅に縮小し、今年で最後とすることを決めた。日活ロマンポルノを特集する企画に、市教委が補助金130万円を打ち切り、会場も貸さなくなったため。文化庁は日活ポルノの芸術性を認めて補助を決めていた。

いろんな意味で、悲しいニュースだ。ポルノの全面否定って、いつの時代の感覚してんだよと胸ぐらつかみたくなるような市教委の人たち。神代辰巳っていっても知らないんだろうなあ。いまだに愛のコリーダ裁判で時間が止まっているようだ。補助金たって、たかが130万円だぞ。文化行政ってなんだよ。文化庁の方がよくわかってんじゃねえか。会場を貸さないというやり方も、地方行政にありがちないやらしさだ。

今回のことは、ポルノ上映を口実にしているが、本当は補助金を打ち切りたかったんじゃないかなどと勘ぐりたくもなる。地方の映画祭はどこも台所事情が苦しいときく。補助金を打ち切られれば、そこでもうおしまいという、今の日本における文化というものの底の浅さが悲しい。

もっとも、去年のなみおか映画祭のラインナップを見るに、田舎で上映するにはあまりに志が高すぎるかなあという感じもするが。差別的に聞こえたらごめんなさい。でも、地元にとけこんだイベントになっていたのかな。

昭和期は、エログロで退廃的な時代から、禁欲的な時代になっていくうちに、やばくなっていったんだよなあ。

投稿者 オッズ : 23:55 | コメント (0) | トラックバック | movie

困惑の日々

B0006ZJBB8グレイテスト・ヒッツ
スウィートボックス
エイベックス・トラックス 2005-02-02

by G-Tools

以前にも書きましたが、この「ざるどす選手権」というブログを始めたきっかけは、SweetBoxというホスティング型ブログサービスの不調で、今まで運営していたブログサイトが更新できなくなったからです。このSweetBox、最近は運営がまったく行き届かない感がぷんぷんしていて、頃合いを見はからってどっかに移転しようと考えてはいたのです。沈む船からはネズミも逃げるというじゃありませんか。そんなことを考えながら書いたのがこのエントリーでした。

ただ、サイトの移転は開始一年をめどに行おうと考えていたので、こんなに早く移転を余儀なくされるなんて想定外ですよ。SweetBoxにつながらなくなったのが、8月18日ぐらいから。長い盆休みの始まりです。あれからはや三週間。いまだに更新できないどころか、サイトも表示されたり、されなかったり。忍耐にも限界があるぞ!

まだこのブログのことは、以前のサイトを見に来てくれていた人たちに伝えてません。以前のサイトが更新できるようになったら、移転のお知らせを真っ先に表示させ、その日をもって当ブログ公開の日にしようと思っているので。でも、相変わらず更新できない日々が続き、困惑しております。

すべては拙者の見通しの甘さが原因ですな。でもね、いつか来るとは思っていたけど、今日がその日だなんて、ということありません? いつか別れを切り出されるとは思っていたけど、よりによって娘の誕生日か、とか、いつか東海大地震が来るとは思っていたけど、それが真っ最中の時なんて、とか。自分の人生が終わる日なんてのもそうですよね、ってしんみりしちゃったじゃないかー。

SweetBoxがなんとかなるまで、このブログは誰に向かって叫んでいるのかわからないまま、孤独に過ぎていくのであった。

SweetBoxのサイトがかつてあった場所には、現在次のように書かれている。

現在、ハードウェアトラブルにより、SweetBox関連の全サービスにアクセス出来ない状態になっております。 復旧作業を行っておりますが、復旧までには今しばらく時間を要する見通しです。 ご利用の皆様にはご迷惑をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。

お問い合わせは、(筆者注:ここには問い合わせ先メールアドレスが記されている)までお願い致します。現在多数のお問い合わせを頂いており返信に時間がかかっておりますがご了承ください。

投稿者 オッズ : 22:55 | コメント (2) | トラックバック | internet

2005年09月07日

カエルと僕は旅をする

frog.jpg

台風が去った朝、車を走らせているとドア・ミラーの後ろから、カエルが顔をのぞかせた。強めの風が吹く中、僕はアクセルを踏み込んで、スピードを上げる。振り落とされんなよ。カエルは車の進む先を見つめて、じっと動かない。

しばらくすると、スピードにも慣れたのか、あちらこちらへ動き出す。おっと、あんまり気をとられていると、こっちが事故っちまう。

さて、着いたぞ。僕は車を離れるが、君はどうする? ま、好きにするがいいさ。

投稿者 オッズ : 18:03 | コメント (0) | トラックバック | 楽写

2005年09月06日

ラテン・アメリカは警告する

4794806434ラテン・アメリカは警告する―「構造改革」日本の未来 (シリーズ「失われた10年」を超えて―ラテン・アメリカの教訓)
内橋 克人 佐野 誠
新評論 2005-04

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『ラテン・アメリカは警告する 「構造改革」日本の未来』という本を読みました。「構造改革」という言葉に目新しさを感じる人もいるかもしれませんが、他の国などではけっこう昔からおこなわれていて、その先行例のひとつであるラテン・アメリカを取りあげ、構造改革がいかなる結果を生みだしたのかを考察しています。同様の内容のことは、以前にアルゼンチン化というエントリーでも取りあげたので、参照していただければと思います。

いろいろ興味深い話がのっていますが、全体的な印象を述べれば、公正さや平等が失われた社会からは活力は生まれないということです。かつては日本以上の経済力をもっていたアルゼンチンやチリが、急進的な自由主義政策を導入したために衰退していったその歴史は、そのことを如実に示しています。

ただ……。人は痛い目にあわないとわからないものだから、この本の主張が理解されるには、あと10年以上の失われる年月が必要でしょうか。

投稿者 オッズ : 00:33 | コメント (0) | トラックバック | book

2005年09月05日

ほっとけない日本の貧しさ

■町工場で聞く景気『踊り場脱却』 (東京新聞)

「踊り場脱却」宣言に真っ向から疑問を突きつける数字がある。経済協力開発機構(OECD)が加盟国の貧困状況に関して比較調査した結果だ。

 国民の平均所得の半分以下しか所得がない家計を「貧困者」とみなし、国民全体の何%になるかを示すデータで、20・3%のメキシコを筆頭に米国17・0%、トルコ15・9%、アイルランド15・4%と続く。この次が15・3%の日本だ。世界で五位、中進国のメキシコ、トルコを除けば、日本は先進国三位の“高貧困率国”という地位にいることになる。

 「格差拡大が想像以上に進んでいる現状にショックを受けた。一億総中流はもう消えた」と京都大学の橘木俊詔教授(労働経済学)は話す。この数字は約十年前の二倍前後で、事態の深刻さを如実に示している。

平成15年度の国民年金未納者数は440万人だそうです。この方達がみな、年金への不信感だけが理由で払わない人であればよいのですが(よくはないか)、実際は払いたくても払えない人が多いのでしょう。今後さらに年金の負担額は上がっていきます。そうなると、ますます払えません。結果は、無年金者がいっぱいの社会です。

大量の餓死者が出ますね。

郵貯・簡保には総額340兆円のお金が集まっているとのこと。異常な数字です。だが、この数字は預金者が抱く、将来への不安感を示しています。将来に不安を感じている人間ほど、リスクを回避しようとします。リスクをとるためには、経済的精神的に余裕が必要です。そのような余裕がなく、不安を感じている人は、できるだけお金を使わないように、元本保証の安全な金融商品を選ぼうとします。

きわめてシンプルな話です。年金や社会保障や雇用を満足できるものにして、将来への不安を払拭してやれば、人はお金を使うようになり、リスクのある株式などへの投資もおこなうようになります。そうした方面に無策であるかぎり、内需はいつまでも低迷し、景気は低空飛行のままでしょう。

将来不安の解消という重大事にくらべれば、郵政民営化などどうでもいい。実に取るに足らないことです。

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2005年09月03日

i am legend

4150411557アイ・アム・レジェンド (ハヤカワ文庫 NV マ 6-5)
尾之上浩司
早川書房 2007-11-08

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今もっとも元気なモンスターといえば、ゾンビ。いろんな映画にひっぱりだこで、死んでるひまもありゃしない。

そんな綿々と続くゾンビ映画史にそびえる金字塔といえば、やっぱりロメロの三部作。そしてそのロメロゾンビのルーツをたどれば、リチャード・マシスンの小説『地球最後の男』に行き着く。というわけで、『地球最後の男』を読んでみました。

地球上が吸血鬼に埋め尽くされた世界。主人公の男はただ一人、孤独な戦いを続ける。勝ち目のない戦い。終わりのない戦い。恐怖と絶望。かつて親友だった男も、今では”やつら”の一人にすぎない。

永遠に続くと思われたそんな日々。だが、変化は起きつつあったのだ……。

怖い小説である。主人公の置かれた状況も怖いが、結末はもっと恐ろしい。それを書いてしまえば興を削ぐことになるが、その結末によって、この作品はホラーという領域を超えてしまっている。

”新しい”ということはどういうことだろうか。”新しい”という言葉は魅力的だ。特に現代のような閉塞された時代であれば、”新しい”ことはとりわけ甘美な響きをともなう。だが、本当の意味で”新しい”ことはそれほど優しいものだろうか。本当に”新しい”ものは、きわめて不愉快なものではないか。もしかすると、今あなたを胸糞悪い気分にさせているものこそが本当に”新しい”ものであって、あなたの気持ちを快くさせるものというのは、実はこれまでの文脈とそんなに変わらないものなのではないか。

ちょっと目先を変えただけの新しさ、私たちはそのぐらいの新しさを欲しているのではないか。それはしょせん偽りの新しさだが、本当の新しさに耐えられる感性をそなえている人はどれだけいるか。本当に新しいことは、それまでの価値が通用しない、怖い世界でもある。

政治的に聞こえる? それは当然。ロメロはこの小説を、革命についての物語と語っている。

この小説に登場するのは吸血鬼だが、ウイルスの感染で増殖していくところなど、後のゾンビの造形に強い影響を与えた。吸血鬼伝説に合理的解釈を与えているところも面白い。

エントリーのタイトルは『地球最後の男』の原題。なお、現在『地球最後の男』は絶版状態。早川書房さん、復刊してください!

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2005年09月02日

冗談は顔だけにしろよ

「冗談は顔だけにしろよ」なんて、実際にはなかなか言えないものです。

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市民政党

日本の不幸は、市民政党や市民運動が大きな力を持てないことにあると思う。日本では運動に参加している人は、特殊な人とみなされてしまう。確かに、うさんくさい市民団体やNPOも少なくない。日本での民主主義は、まだそこまで成熟できていないのだろうか。

共産党や社民党の主張の中には、市民のための政党にふさわしい主張もあるものの、残念ながら両党とも色が付きすぎて、清新なイメージがない。民主党にはいくらかの期待はしているが、そのバックボーンは市民政党とはほど遠い。本当は真に市民政党を名乗るにふさわしい新たな党が生まれるのがベストなのだが、小選挙区制の中ではなかなか難しい。

今度の選挙ではいくつか新党が誕生したが、市民政党と言うにはイメージがねえ。

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議席予想

今度の選挙をざっくりと予測してみると、刺客候補の多くは、小選挙区で敗退。自公で過半数届かず。民主も過半数に届かず。あとは、選挙後の合従連衡にもちこされる展開と思っているんですが。

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行間

試行錯誤の末、なんとかMovableTypeのデザインをイメージ通りのものにすることができました。できるだけパーム遍路と同じようなデザインにしようと考えていたので、ある程度満足してます。若干、思いとちがう部分がありますが、まあそのうちに。

基本的にはぞんざいな、このサイトでも気を使っている点はありまして、それは行間と一行の文字数です。とくに、他のサイトを見ていて読みにくいなあと感じるのは、行間がまったくないとき。頼むから行間はいれてほしい。でないと、行間を読むこともできない。

一行の文字数はたとえばほぼ日なんかを見ると、よく配慮されているなあと感じます。一行が長いと、読む気が失せるんですよね。MovableTypeのデフォルト・テンプレートだと、アーカイブページのときに一行が長くなってしまうのが、ちょっと。

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2005年09月01日

都市と地方

今度の選挙で最も注目している点のひとつは、都市部と地方の有権者がそれぞれどのような投票行動にでるかというところだ。

■比例区投票先は自民増29%、民主減14% 本社調査 (asahi.com)

「総選挙で議席が増えてほしい政党」でも、似たような傾向が表れている。大都市部に限ると、自民34%、民主23%なのに対し、町村部では自民19%、民主29%と民主が多くなっている。地方で強い自民、都市部で強い民主――という従来の支持構造に変化が表れている。

 背景には、郵政民営化などの改革を進める首相への共感の度合いがあるようだ。「首相の政治姿勢に共感するか」をみても、大都市部では「共感する」が39%で、町村部では32%と低めだ。小泉改革が、有権者の投票行動に影響を与えそうな様子がうかがえる。

僕が住んでいるのは、岐阜県という、保守王国で自民一色のところなのだが、ご存じの通り、今回の選挙では自民支持層が割れてしまっている。いわゆる”刺客”候補と、反小泉派候補が「我こそが自民党なり」とお互いにしのぎをけずっている。さらに自民党執行部の意向に逆らって、岐阜県連は郵政反対派候補を応援しているので、もし自民党が勝利すれば、選挙後、県連は処分を受けることになる。おそらく、かなりいじめられるだろう。つまり、県連としては自民が勝っても負けても、ろくなことはないということである。

地元に縁もゆかりもない候補を送り込む手法は、都市部では受けいれられやすいと思うが、地方では果たしてうまくいくだろうか。僕のような田舎者の感覚だと、刺客候補は頭いいんだろうけど鼻持ちならない雰囲気が好きになれないし、反小泉派候補のすがたに判官贔屓的な感情も抱く。政策とは無関係なところでね。

思えば、小泉首相はこれまで無党派層をとりこむための試みを着実に重ねてきた。それは、従来からの支持層を失う危険もある試みであるが、おそらくこの方法でしか自民党が生き残ることはできないという判断だろう。それは間違っていない。これまでの自民党は地方に公共事業などの仕事をもってくることによって、票を得てきた。だが、厳しい財政状況の中では、もはや地方にまわせるような仕事はない。それは自民が地方での存在価値を失うことを意味し、今後地方での票は期待できなくなる。そうなった以上、都市部の無党派層を掘り起こし、取りこんでいくしかないではないか。

今、都市部の人が見ている日本と地方の人が見ている日本はまったく異なっている。地方の多くは希望がない。外需依存の経済から、内需主導型の経済をめざすべきだということは80年代から繰り返し言われてきた。それは公共事業で食いつなぐ経済は、いつか終わりがくるからだ。そして今、公共事業は縮小され、これから地方はどう食っていけばいいのか、途方に暮れている。経済構造が変わり、都市部の景気回復が地方に波及する度合いは極めて低くなっている。

地方で民主党が伸びているのは、それだけ自民党に幻滅しているということだ。もちろん、民主党を信用しているわけでないが、今の小泉自民党よりはましだという意志の表明だろう。小泉首相の手法は、政策も政局も選挙もすべて都市向けだ。だから、都市部での人気の高さは当然だ。だが、それらは地方にとっては反感の種になっている。

今のところ、都市部の圧倒的な小泉人気がそのまま反映されれば、自民党圧勝だ。だが、どうだろう。都市部の人は、口では小泉支持でも、肝心の選挙に行かない人も多そうなのだが。逆に地方の人は、「~さんに頼まれたから」なんていう理由の人も多いけど、選挙にはわりと熱心に足を運ぶ。今回の選挙では、都市部と地方で大きく結果が分かれるかもしれない。

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