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2006年07月16日
ファミコンの日
7月15日はファミコンの日だそうな。Palmでファミコンをプレイするとしたら、NesEmなんかがいいのかな。
個人的に面白かったファミコンゲームは、「不如帰」「スウィートホーム」「三国志 中原の覇者」。結局のところ、ゲームの面白さはどのようなゲームシステムが使われているかという点に尽きる。前二者はその世界を表現するためのシステムが絶妙で、完成度が高い。最後の作品は前二者に比べれば甘いところもあるが、三国志関連のゲームとしてはかなりいい出来。光栄の三国志IIよりも早く発売されており、豊富な計略、陣形、一騎打ちといった要素をいち早く取り入れていたことを評価したい。
わりとしつこい性格なので、買ったゲームは必ずクリアするようにしているが、それでも未だにクリアできていない作品もある(アクションゲームは一周終了でクリアとみなす)。「キングスナイト」「ドラゴンバスター」「リンクの冒険」がそれ。後の二つは再チャレンジすれば、解けそうな気もする。でも今は、アクションゲームに挑戦しようという熱意自体がないからな。存命中になんとかクリアしたいものだ。「キングスナイト」はRPGと勘違いして買ってしまった作品で、小学生当時、友達から連射機能付きのジョイボールを借りてまでなんとかしようとしたが、ダメだった。スクウェアに不信の念を抱いた作品。この作品だけは、生涯クリアを絶望視している。
あと、わりと寛容な性格なので、ちょっと自分の価値観に合わないだけでクソゲー呼ばわりする最近の風潮は困ったものだと思う。だが、そんな僕でも許せない作品は存在する。「時空の旅人」と「ミシシッピー殺人事件」。前者はタイムトラベラーとして歴史を変える壮大な作品、後者は豪華客船で起きた殺人を推理で解き明かす知的興奮が味わえる作品、と期待してプレイしたが、その結果は無惨だった。ツッコミどころ満載というより、ツッコミどころしかない。
それらの作品をネット検索して感想を見てみると、ああ人が思うところは皆同じなのだなあなどと変な感慨にひたれたりもする。
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2006年07月15日
長浜三部作
![]() | 超電磁ロボ コン・バトラーV DVD-BOX 安彦良和 八手三郎 東映ビデオ 2006-07-21 by G-Tools |
「超電磁ロボ コン・バトラーⅤ」のDVD-BOXが出るようだ。この調子で、長浜忠夫三部作の他作品である「超電磁マシーン ボルテスⅤ」「闘将ダイモス」のDVDもリリースされることを願う。あと、「未来ロボ ダルタニアス」も。
それにしても昔のテレビアニメは放映期間が長かった。一年近く放送されており、まさに大河ドラマの感がある。その期間の中で、地球人側の描写だけでなく、敵の宇宙人側の描写も交えつつ、途中ロボットのパワーアップがあったり、奇策を用いた敵の攻撃があったりと様々な工夫を凝らして物語は進む。しばしば子どもの時に良かったと感じた作品を大人になってから改めて見直したらがっかりしたという経験があるが、長浜作品などはむしろその逆で、大人になって見たら子どもの時には面白くなかったところが実に味わい深く感じたりする。
ガンダム以降のリアルロボットとよばれる流れに押されがちであるが、長浜作品なくしてガンダムも生まれなかっただろうし、ガンダムを映画的とするならば、長浜作品は歌舞伎的な面白さに満ちている。さらなる再評価を期待したいところだ。
ロボットアニメは、子どもに玩具を買わせるためにつくられていたという側面があるが、長浜氏はその制限の中であらんかぎりの人間ドラマを詰め込もうとした。そのためにスポンサーとの対立もあって、「闘将ダイモス」では放送回数を減らされたりもした。スポンサーにしてみれば、玩具の売り上げに貢献しないようなドラマは必要ないということだ。まったくの推測だが、そういったスポンサー側の高圧的な雰囲気は、三輪防人のような悪役キャラクターに反映されたのかもしれない。
1978年12月号のアニメージュには「闘将ダイモス」は16.2%の視聴率をとった回があるという記述もあり、当時も人気は低くなかったと思われる。子ども向けアニメで人間の普遍的なテーマである戦争、平和、愛、友情をどこまで盛り込めるかという長浜氏の挑戦は成功したと言ってよいのではないか。
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2006年07月14日
脳を鍛えない
頭を鍛えるゲームって本当に脳を鍛えられるの? 他のRPGやアドベンチャーやアクションといったジャンルで得られる効果とそんなに違うの? 最近ゲーム業界低迷してるし、ゲーム脳とかいい加減なこと言われて悪役にされてるんで、ここはいっちょイメージアップを図ろうっていう魂胆ですかな。
便利な現代生活は人間の能力を退化させている、という論を唱える学者は少なくない。車もオートマなんてダメだ、マニュアルにしろ。電卓は使うな、算盤を使え。薪を使って、火を起こせ。ワープロなんてとんでもない、文字は自分の血で書け。身の回りのものを使って、殺傷できる武器をつくれ、等の提言がなされている。
PDAというのも、脳的には良くないのかもしれないな。「俺は一回しか言わん。メモは取るな。てめえの頭にみんな叩きこんどけ」というきわどい取引を毎日繰り返している人の方が、脳は発達するのかもしれん。
そもそも、文字というものが存在しなかった時代。人は人の話を今の数倍、神経をとがらせて聞いていたはずだ。文字のような便利な道具が出現したせいで、人の話を聞かない若者も増えた。そうだ、文字を捨てよう。そうすれば、人間は本来の原初的能力をふたたびよみがえらせることができる。誰もが潜在能力を生かしきり、北斗神拳も使えるようになる。
だいぶ話が逸れてしまったが、やはり思うことは、ゲームジャンルによる脳の使い方はどう違うかということだ。倉庫番やロードランナーやテトリスでは頭は鍛えられないのか。シヴィライゼーションや信長の野望では? バイオハザードと数独はどちらが効果的なのか? そもそもゲームやるより、百マス計算やってた方がいいのか。待てよ、体を鍛えると頭も活性化するらしいよ、走ってたほうがいいのか。走りながらのDSLite。これが次世代二宮尊徳。
脳についての話には多くの人が興味を持つ。だけど、脳についてはまだまだ謎が多い。そこにいろんな人がいろんな論を展開できる余地がある。いい加減なのも多いが。昔の人は言いました。下手な考え休むに似たり。21世紀は人間の体のこと、いろいろ分かる世紀になるようなので、そのうち明らかになりましょう。
惚ける惚けないの話でいうと、エロい人ほど惚けにくいという話もあるんですが、あれは信じていいんでしょうか。エロは頭を悪くする効果も多少あるような気もするのですが、ホントのとこ、どうなのか。そろそろ結論を出して頂きたいものですな。WHOに。
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2006年07月13日
飽きるというメカニズム
最近ようやく気づいたことだが、ブログというのはパソコンの中に入っている小人さんがせっせと字を書いて内容を書き換えてくれるわけではなく、自分自身がわざわざキーボードをぽちぽち押して更新ボタンをマウスでクリックしないと内容が一新されないらしい。なんと面倒なものか。僕が寝ている間に、パソコン内部に居候させているコロボックルが、美しい日本語と整った論理展開の文章、美麗な写真やイラストでページを埋め尽くしてくれればいいのに。かといって、ある朝、自分のサイトを見てみたら、いつの間にか反日バリバリサイトに変わっていたとしたら、それはそれで怖い。
そんなわけで、個人サイトは結局のところ、サイト運営者のモチベーションにかかっているわけで、それがなくなればサイトは良くて放置、悪くて閉鎖ということに相成る。人はブログにてのみ生きるわけではないし、世の中、他に楽しいことはいくらでもある。SNSの空間の方がいいっていう人も多いし、なんだかブログっていうのもそろそろ飽きてくるころなのかもなあ。
と書くと、まるで更新していない言い訳をまわりくどく書いてるみたいだが、そうではない、と思う、多分。それにしても、更新していない時でも、コメントスパムだけは毎日届く。このブログもようやく地球規模で認識されたか。だが、僕のブログのような小さなところでもこれだけのスパムにさらされてるわけだから、もっとページ閲覧数が膨大なサイトはどれほどの量のスパムを受けているかと思うと、なんだかくらくらする。


