2005年12月16日

Web3.0

Web2.0については多くのひとが語っているが、Web3.0について語る人は少ない。だから、Web3.0について語ろうと思う。

帰宅した僕は、自分のこめかみに埋め込まれた端子にUSBケーブルを差し込んで、今日の生活をすべてネットにアップする。視覚や聴覚などの五感情報、交わした会話などの今日の行動、そのすべてが猛スピードでアップされていく。僕の生涯はレンタルしたサーバーにすべて保存される。

サーバーに保存した情報、僕が体験した情報は、映像音声ファイルとしてインターネットに公開することができる。公開されている体験情報にふれることで、その人の人生を追体験することができるのだ。

[あなたの今日の生活を公開しますか?]という確認画面が表示される。僕は[Yes]をクリックする。眠たくなってきた。酒でも飲んで寝るか。

ベッドに体を横たえた時、僕は慄然とした。今日は会社帰りにスカトロクラブに寄ったではないか。あの体験情報が公開されてはたまらない。急いで公開を取り消さねば。

パソコンを再び立ち上げて、先ほどの公開を取り消す処理をおこなう。だが、サーバーにつながらない。[サーバーが混み合っておりますので、時間をおいてからお試しください]という表示がくり返されるだけだ。どんどん血の気が引いていくのを感じた。

「頼む、頼む、つながってくれ」僕の願いも空しく、何度更新ボタンを押しても表示は変わらない。不意に携帯が鳴り、メール到着を告げる。震える手でメールを確認する。「糞まみれ野郎」とだけ書かれている、差出人不明のメール。僕は携帯を投げつけた。壁に当たって、落ちる携帯。だが、ふたたび携帯はメール到着を告げるメロディを奏で始めた。

「うええええっ」俺は目を覚ました。パソコンとケーブルでつながれている。どうやら、他人の体験情報とアクセスしたまま長時間過ごしてしまったようだ。先ほどの恐怖が体の中に残っている。それにしても、おかしなやつの人生を追体験してしまったものだ。ぼぉっとした意識のまま、俺は体を起こそうとした。だが、体がうまく動かない。どうしたんだろう。目も霞む。ふらふらとした足どりで、洗面所に向かった。顔でも洗って、目を覚ますか。

鏡に見たこともない老人が立っていた。髪の毛も真っ白で、歯も抜けている。誰だ、こいつ。いや……。もしかして、これが俺、なのか。これが。

いつから他人の人生情報を体験していたのだろう。もう憶えていない。他人の人生を体験しているうちに、俺の人生は終わっていたというのか。信じられない。俺は部屋を出た。そこで見た。破壊され尽くされた家々を。傷ついた大地を。何が起こったのか。それを確かめるだけの時間が、俺に残っているのだろうか。

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2005年10月02日

ゴドーを待ちながら

「まだか~。まだか~。武蔵はまだか~」

「ニミッツ提督、あれに見ゆるは武蔵の艦影。ただちに砲撃を!」
「うむ。この機を逃さず、一網打尽にしてくれようぞ」

ドーン。ドーン。ドーン。

「知盛様! 敵方は水夫・梶取を射ております」
「何ぃ。おのれ、義経。戦の作法も知らぬか。ならばこちらも容赦はせぬ。古代、波動砲発射!」

うわーっ。

「ごほっ、ごほっ。ごほっ。ぐえっ」
「沖田! しっかりしろっ」
「ううう。俺のことはいいから……。早く……」
「……」
「どうした、オスカル。どうして泣く? 俺はもうだめなのか?」
「何をばかなことを……」
「死んで……たまるか……」
「沖田ぁぁぁぁ!」

ピィーーー。

「吉良殿見つけたり」
「うぬぬ。おぬしら、この年寄りになんの恨みがあるのじゃ」
「我が殿の無念、晴らしたてまつるため、参上いたした。吉良殿、お覚悟めされい!」
「我が生涯に一片の悔いなし!」
「強敵(とも)よ……」

ダダダダダ。

「はははは。この孔明にかかれば、おぬしらの兵法など、児戯にすぎぬ」
「またもや、孔明にしてやられたか。だがこの曙太郎、このままでは終わりはせぬ。私もニュータイプのはずだ」

「まだか~。まだか~。武蔵はまだか~」

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2005年09月25日

まつりの後で

4776202476モリゾーとキッコロ
高橋 良輔
アスコム 2005-06

by G-Tools

人々の賑わいと喧噪の中で、彼は必死に笑顔を振りまいていた。今は自分の仕事に集中しろ、そう自分に言い聞かせ、子どもたちへとびっきりの思い出をプレゼントしようと懸命に働いていた。かわいい子どももいれば、底意地の悪いガキもいた。でも今となっては、そんなうっとおしいガキでさえいとおしくてしょうがなかった。ここに来てよかった、その感情がこころを満たすのを感じる。

だが、幸せな気分にかすかな陰がさし込む。昨日のボスの言葉がよみがえる。

「森蔵君。長い間、ご苦労だった」
「いやあ、こちらこそお世話になりましたでなも」
「退職金の振り込みは手配済みだ。ゆっくり、休むといい。では、失礼するよ」
「あ、あの~」
「どうしたんだ」
「先日お頼みした再就職の話なんじゃが」
「あ~、あれねえ」
「ど、どんなもんじゃろ」
「う~ん。森蔵君。今年でいくつになる?」
「むむう、いくつかのう。たしか……カンブリア紀……」
「覚えとらんのか。とにかく君はもう年だからね、森に帰ったほうがいい」
「そういうわけにもいかんのじゃ。森のやつら、わしらを『人間に味方した裏切り者』言うて、海下の森に入れようとせんのじゃ」
「……」
「孫の吉古六の将来もあるで。わしも稼がんとあかん。国民年金も払っとらんで、年金もらわれへん」
「そうはいっても、君の年ではちょっとな。企業も採らんよ。昔の仲間になんとかしてもらいなさい」
「なんでじゃ、他のスタッフは引く手あまたと聞いたぞ。元気な名古屋やろ。なんとかしてくれ」
「あ~、これから人と会わんといかん。悪いが、これで失礼」
「薄情者がぁ。こりゃ、待たんかい」

森蔵のそんな気持ちも知らず、吉古六は無邪気に駆け回っている。そのすがたを見て、ため息をつく森蔵。会場を流れる蛍の光。祭りは終わろうとしていた。

「ねえ、どうしたの?」
心配そうに顔をのぞきこむ吉古六。
「ああ」
「ぼぉとしちゃって」
リニモの車内で、いつもうつろな瞳が、ますますうつろになっている森蔵。仕事は終わった。でも、これからどうすれば……。
終点到着を知らせるアナウンス。森蔵は吉古六に手をひかれるように、フォームに降りた。
「森蔵さんですね」
灰色のスーツを着た、痩せた中年男が目の前に立っていた。身構える森蔵と吉古六。男は手慣れた手つきで、名刺を差し出した。
「あなたの力が必要なんです」

「我々は砂漠に緑を植えるプロジェクトを進めています。森蔵さんには、是非そのお手伝いをお願いしたい」
男に車で案内されて、たどりついたのはどこかのビルの24階にあるオフィスフロア。奥から現れたのは、黒いTシャツを着た太った若い男。案内してきた男は彼の部下らしかった。その太めの男は森蔵に仕事の話を始めた。

「い、今なんて言わしゃった」
「勤務地の話です」
「サマワって言わんかったかいの」
「言いました」
「サマワって、あのサマワかいの」
「そうです。自衛隊の給水活動もある程度、めどがつきました。だが、このまま駐留を続けるだけでは、地元住民との関係悪化を招きかねない。そこで、目に見える新たな復興活動が必要になりました。この砂漠に緑をプロジェクトはその中核をなすものです」
「……」
「サマワの治安はいまだ不安定で、危険な任務であることは認めます。ですが、彼の地に森が生まれれば、人のこころに希望が生まれ、やがては平和につながることを確信しています。だが、それには森の精であるあなたの力が是非とも必要なんです」

森蔵のこころは激しく揺れていた。俺は人間と深く関わりすぎたのかもしれない、そんな後悔にも似た思いが疼いていた。

次回、「湾岸航路」につづく。 (うそ)

*これはフィクションです。

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2005年04月17日

シュレーディンガーの猫

4569573908「量子論」を楽しむ本―ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! (PHP文庫)
佐藤 勝彦
PHP研究所 2000-04

by G-Tools

量子論には、シュレーディンガーの猫というパラドックスがある。

鉄の箱の中に、放射性物質と放射線の検出装置、検出装置に連動した毒ガス発生装置を置く。放射性物質が原子核崩壊を起こすと放射線を出し、放射線を検出した検出装置は信号を毒ガス発生装置に送り、毒ガスを発生させる仕組みだ。そしてこの箱の中に生きた猫を入れて、ふたを閉じる。外からは箱の中がどうなっているかを知ることはできない。

そのまま、1時間、箱を放置しておく。もし放射性物質が原子核崩壊を起こせば、検出装置から毒ガス発生装置に信号がいき、毒ガスが発生、猫は死ぬ。1時間以内に、放射性物質が崩壊を起こす確率は50%。果たして、猫の運命はいかに?

1時間後、箱のふたを開ける前の猫を、量子論では「生きている状態」と「死んだ状態」が半分づつ重なり合っているものとして考える。猫が生きているか、死んでいるかは、箱のふたが開けられて初めて決定される。つまり、私たちが箱を開けて猫の状態を観測したと同時に、猫の生死が決まるという考え方である。

だが、猫の生死は私たちが箱を開ける開けないに関係なく決まっている、とするのが常識的な考え方ではないだろうか。それを量子論では、生きていて、なおかつ死んでいる猫が、観測されることによってどちらかの状態に決定されると考える。シュレーディンガーはこのパラドックスを使って、量子論への疑問を提示した。

そもそも、こうしたパラッドクスが生まれた背景には、光というものが波でありながら粒子であるという二重性をそなえているによる。必ずしも従来の常識の範囲内では理解できないところが、現代物理学の面白いところだ。

浦島太郎の話を思い出す。浦島は竜宮城で夢のような日々を過ごした後、故郷に帰ってくる。だが、故郷の風景もそこで生きる人たちもまったく変わってしまっている。浦島の想像した以上の、はるかな年月が過ぎ去ってしまっていた。

浦島は思う。経過した時間からいえば、俺は本来もう死んでいなければならない存在だ。だが、俺はまだこうして生きて歩いている。俺は誰なんだ?

昔話には書かれていないが、もしかすると彼は自分の墓を発見したかもしれない。もっと丁寧に探せば、自分の子孫も見つけられたかもしれない。意外にもこの世界で浦島は失踪したことにはなっておらず、魚釣りで生計を立て、結婚もし、子どももつくっている。そして、この時代の平均的な寿命でその生を終えたことになっている。浦島はふたたび思う。じゃあ、俺はいったい誰なんだ?

浦島は自分がシュレーディンガーの猫であることに気づく。俺は生きているし、死んでもいる。俺の生死はだれからも認められていないので、そういう存在として今ここにあるのだろう。

その時、彼の目にとまったのが、乙姫からわたされた箱だった。そうか。これを開ければ、俺が生きているか死んでいるか、決まるのだ。浦島は一瞬躊躇したが、すぐに心を決めた。ひもの帯を解き、箱を開ける。空間が歪む。箱の中に、こちらを見て驚愕する浦島の顔が見える。そうだったのか。俺は、

(終わり)

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